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乾鮑厨師の熱き想い

乾鮑に魅せられた大食漢の綴り 
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尻労 なんてよむの?  下北紀行 そして大間原発
先日 大間から六ヶ所村経由尻屋港に行った時の事です。
土地勘が全くありませんが、道路が急に広く整備された処が続きますと
原発関係だなと、容易に想像がつきました。
「六ヶ所村」「東通村」の為政者はじめ住民皆様の政治力に感服します。
(多少の皮肉もこめております。少子化時代に、あんな学校の設備
本当に必要なのだろうか?)

尻屋へ向かう折、海岸線をどんどん北上していくと、道が無くなります
その場所は、尻労 この字 読めません。「しっかり」と読むそうです。
目の前が目的地 尻屋ですが 来た道を戻り16km大回りです。
更に、尻屋でも同じ様な場面に遭遇しました。
こんな事もあるのですね、海岸沿いに道路が整備されていると思っている
うちはまだまだよそ者です。

尻労(しっかり)が頭から離れません。読めない事もそうですが
あの地の果ての様な僻地に人が住んでいる事に興味が涌きました。
大間「ウイング」の図書館に立ち寄って、調べてみました。

尻労は、明治41年頃から大謀網による、まぐろ漁で県下一の水揚げがあり、
最盛期にはまぐろ漁獲量1万本に達し万本祝いを行ったとあります。
その水揚げで、道路や学校も整備した様です。
昭和6年頃の、尻労は、まぐろ景気もさり、電気もなく、米も獲れず、漁業と
酪農の過疎の集落になったと。
「栄枯盛衰」世の習い、と申しますが、「青森県下北郡東通村尻労」
人であふれた時代が有ったようです。

ひるがえってこの「大間」
数年後に、「原発」が稼働するのに、まともな道路は1本もありません。
有事の際の避難経路は、実質的には国道1本だけ
今もがけくずれで片側1車線通行があります。
通行止めになる場所が複数存在する綱渡りのような細い一本道。
(仏ヶ浦経由の道は、大量輸送に不向きです。)
これで町民5000人の避難通路が確保されたと言うのでしょうか?
何処に大間町の政治力が存在するのでしょうか、

幸い、大函航路 1年存続が決まりましたが、1年後はどうなるのですか?
1年はあっという間に過ぎます。
問題先送りは政治の常道ですが、町民を安心さすのも政治で御座います。
「ばあゆ」町有化のような考えは浮かばないのでしょうか
箱物を作るより、お金もかからず、日々の生活に町民は喜ぶと思います。
「ばあゆ」は高齢ですが、整備すればまだまだ使えます。
何か、計画すると、直ぐに新しいものを作るやり方は、現状に合いません
身の丈に応じた、お金を使うべきです。

危機管理は、何かが起こることを予想して対策を立てる事であり、
町民生活に直結してます
県や国におんぶにだっこでしたら、町政の存在意義がありません。

「原発」に賛成する方は、少ないと思いますが、大間はもう反対出来ません
であるならば、町民が、「原発」のお陰で、函館への道を確保できた
というような、動きになれば良いなと感じた次第で御座います。

「東通村」「六カ所村」をみて、大間町政の非力を強く感じました。
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| 津軽海峡地域 | 07:25 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |









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